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龍門司焼(鹿児島)

龍門司焼(鹿児島)

龍門司焼とは

「白薩摩」「黒薩摩」の名前で親しまれる薩摩焼の歴史は、薩摩藩主の島津義弘が朝鮮人陶工を連れ帰った400年以上前にさかのぼります。黒薩摩流れをくむ龍門司焼は、1688年桜島を南に臨む山ふところに築かれ、以来300年余りの歴史を守り続けてきました。明治中期には西窯と新たに東窯が築かれ、共同窯方式での焼き物作りが始まり、昭和十年代後半まで続きました。戦後、協同組合を設立し、昭和二十五年に現在の龍門司焼企業組合となり、江戸時代からの伝統技法を引き継いできた陶工達が結集して新たな龍門司焼作りが始まりました。昭和三十九年に龍門司焼の三彩が県の無形文化財に指定され、現在も先人陶工達の苦労と努力、たゆみない研鑚によって築き上げられた伝統が守り継がれています。

特徴

龍門司焼を特徴づけるものに、久野恵一さんが「全国各地の陶器の中で最も自然な美しい白」と称した、焼成すると黄味がかった色合いになる化粧土があります。もうひとつがその白い化粧土に飴釉と緑釉を交差するように掛け流す「三彩流し」です。掛け流すと言いましたが、焼く前はイッチンのラインのようになっていて全く見た目が異なります。焼くとそれが溶けて自然な流れになるのです。言葉は必要ないぐらい美しいものですが、焼き具合は毎度違うので、いつもきれいに色が出るかというとそうではありません。

魅力

龍門司焼は、花瓶、皿、黒茶家、カラカラ、茶器、食器、鉢、シュケ、茶道具等、薩摩の文化から生まれた独特の焼き物を作ります。また、陶土や化粧土、釉薬の灰などすべての原料を現地でまかなえる全国でも稀有な窯場です。地元の原料からつくり出される色、地元の風土を生かした独特の形が魅力です。

黒茶家

黒茶家

カラカラ

カラカラ

シュケ

シュケ

川原史郎さん、竜平さん

川原史郎さんは戦後、丹波立杭焼の再興に尽力した伊勢・神楽の窯の奥田康博のもとで修行していました。その間に久野恵一さんと出会い意気投合し、松本民藝家具の創始者である池田三四郎氏が愛用していた古い龍門司焼の飯碗や、日本民藝館所蔵の「くらわんか」からきた形のコロ茶碗の復刻などに取り組みました。「龍門司焼に川原史郎あり」ともいわれた史郎さんは、現在龍門司焼企業組合の理事長を務めています。 史郎さんの長男である竜平さんは若い頃から窯の方向性を理解し、真面目に仕事に取り組んできました。久野さんは竜平さんが窯に入所し仕事を始めた頃からアドバイスし、その後も訪れるたびに飯碗や湯呑みづくりを熱心に指導してきました。龍門司窯を未来へと繋ぐ作り手として大きな期待をかけられた竜平さん。今では龍門司窯の中心人物として日常の焼き物作りに励んでいます。

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