民藝に通づる手仕事の中で、今最も注目を集めているのは小鹿田焼(おんたやき)、と言っても過言ではありません。しかし、一口に小鹿田焼と言っても窯は10軒あり、作り手もさまざま。moyaisでは黒木富雄窯、柳瀬朝夫窯、坂本義孝窯、坂本浩二窯の4つの窯の物を取り扱っています。今回は、その窯めぐりに同行した大学生、樫田那美紀さんの体験をもとに、小鹿田焼について簡単にご紹介させて頂きます。 moyais 今野

投稿日 : 2014.10.18 記事 : 樫田那美紀 写真・ムービー:「秋月」副島秀雄(メインビジュアル小鹿田街並)・樫田那美紀・今野昭彦

大分県日田市から車で約30分、
案内板のない、樹木生い茂る山奥を進む。
「本当にこの道であってるのかな…」と車に揺られながら心には不安が募る。

しかし、パッと視界が開けたかと思うと、
そこには今回の訪問地 小鹿田(おんた)の町並みが広がっています。

小鹿田地区は別名「皿山地区」。焼き物の里らしい地名です。

「おー!シゲちゃんだ!」
もやい工藝店主久野恵一さんの叫びでふと目を横にやると、
小鹿田の名陶工、坂本茂木さんがなんとコンクリートを背に日向ぼっこ中。

茂木さんは、生まれながらの造形センスを持ち、
長く小鹿田のみならず日本の民陶を牽引してきた存在。

その人間的な魅力から小鹿田内外での人望も厚く、
久野さんが民藝に関わる40年以上もの間、深く心を通わせてきた。
その思い出や尊敬の気持ちは語っても語り尽くせないほど。

「轆轤は窯ごとに二台まで」という小鹿田のきまりに則り
2010年に作陶を引退されていますが、「この方があの茂木さんか!」と私の胸は高鳴ります。



坂本義孝窯

茂木さんと一旦別れ、いざ小鹿田の道を散策。

最初に出会うのが、ここ坂本義孝窯です。

中では義孝さんと息子の庸一さんがちょうどろくろを前にしてお仕事の真っ最中。

義孝さんは、ろくろで大きな徳利を成型をされています。

ここ義孝窯は、先々代の時一度陶業から離れたものの、
義孝さんが親戚の黒木利保氏のもとで修行し、再興。

久野さん曰く、義孝さんの作るものは作りが厚手でしっかりとしているのだとか。



一方庸一さんは…。

「ビーッ…」と鈍い音で次々と描かれる模様。
これが小鹿田焼の代表的な模様、「飛び鉋(とびかんな)」です。

庸一さんの鉋を持つ手が均一なスピードで器の上を走ります。
ろくろが止まると器にはくっきり模様が表れているのです。

その様はまさに魔法のよう。

この技法は単なる模様ではなく、鉄分が多く重たい小鹿田の土を、
鉋で削ぐことで軽くしているのです。



柳瀬朝夫窯

快晴のこの日、観光客の中には海外からこられた方もちらほら。
道なりに進んでゆくと柳瀬朝夫窯に着きます。

朝夫さんは小鹿田の昔ながらの風合いを今に伝える貴重な作り手の一人。
70歳を超えた今も大物作りを苦なくこなされています。

前述の坂本茂木さんとも長く切磋琢磨してきた盟友でもあります。

朝夫さんを「あーちゃん」と呼ぶ久野さんとも長年の付き合い。

朝夫さんは久野さんの細かい模様や大きさの注文にも忠実に答え、
小鹿田独特のおおらかさがたっぷり染み出る器を作られているそう。



黒木富雄窯

「ギィ…ゴトン…」 唐臼の音を聞きながらうねる道を進むと、
黒木富雄(昌伸)窯に着きます。

共同登り窯のすぐ隣にあるこの富雄窯。
小鹿田のろくろの回る方向の大多数は反時計回りですが、
富雄さんの義父である利保さんが信楽で修行していたため、富雄窯は本州と同じ時計回り。

一見些細なことに思えるろくろの回る方向が、出来上がるものに微妙な差異となる、と久野さん。

富雄さんの後継者黒木昌伸さんが外で器の向きを入れ替えています。
こうして日光に当てる面を動かすことでまんべんなく器を乾燥させているのだそう。

器を見る優しい目と、そっと添えた両手が印象的。

黒木昌伸さんは小鹿田の若手の中でも新しい新作民藝に挑戦する今要注目の作り手です。



坂本浩二窯

下り坂をゆくと今回最後の訪問場所、
moyaisでも多数商品を取り扱っている坂本浩二窯に着きます。

快晴のこの日はどの窯も器を乾燥させる天日干しに大忙し。

傍では、坂本浩二さんの奥様がせっせと器の向きを動かしています。

小鹿田はほぼ全ての窯が共同の粘土採集場所を持ち、唐臼や登り窯までが共同。

窯それぞれの仕事具合が小鹿田全体の仕事に影響を与えるため、
自然と小鹿田の窯同士が家族のような間柄になるのだとか。

唐臼で粉砕した粘土の水気を飛ばすための穴窯。
秋風を感じるこの日も、この窯の熱気には思わず後ずさりしてしまうほど。

様々は工程を経るため、作陶に使われる粘土になるまで最低一ヶ月もかかるのだとか。

丁寧なつくりに定評のある浩二さんは現代の民陶界の中でも特出した存在。

小鹿田の若手で浩二さん以上に大皿を引ける作り手はいないそうで、
これからの小鹿田を牽引する存在になることは間違いない、と久野さんは語ります。



小鹿田真昼間の大宴会へ

そしてたどり着いたのが小鹿田唯一の食事処である「山のそば茶屋」。
今まで紹介してきたmoyaisで取り扱いをしている窯の作り手が集い、真昼間からの大宴会です。

私もなんと坂本茂木さんのお隣で、参加させていただきました。

久野さんのお土産の日本酒を片手に、小鹿田焼の器に盛られた料理をいただきます。

茂木さんの海外旅行のお話や久野さんとの昔話に場は湧きます。

笑い話になったかと思えば、さすが幅広い年代の作り手が集う場。
小鹿田、手仕事のこれからなど、熱を帯びた話も。

盛り上がる中、こっそりと茂木さんに私の将来の悩みを打ち明けると、
茂木さんはゆっくりとこうおっしゃいました。

――どの道に進んでも厳しいのが人生。自分の生きたいように生きなさい。

小鹿田のひとときは、違う国に入りこんでしまったような、不思議な時間でした。
本当に私はあの場所にいたのだろうか…?
思わずそう疑ってしまうくらい。

でも心には、確かにあの言葉がはっきりと残っています。

いつか、もう少し背筋を伸ばした私で、あの皿山を登ろう。
そう心に誓って、小鹿田のみなさんに別れの手を振りました。

樫田那美紀
樫田那美紀
静岡在住の学生。
柳宗悦の著書との出会いをきっかけに民藝に興味を持つ。学生のうちに多くの手仕事の現場を見たい知りたいという想いから現在絶賛勉強中。

小鹿田焼はこちらです。近日新しい商品も入荷予定です!


アーカイブ

第一回 小代焼 ふもと窯
第二回 小鹿田焼 ここは皿山。大分の秘境へ
第三回 星耕硝子 北の大地で出会う 煌く手仕事
第四回 読谷村北窯、学習帖
第五回 読谷村北窯 松田共司工房へ

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